このエントリーは、もともと1件のエントリーとして公開した内容が長くなりすぎたので、(上)(下)に分割した後半である。
(上)では、梶井祥子が行った「札幌市における女性支援の現状について~困難女性支援法施行後の取組と課題~」に関してオンブズマンに苦情申立てを行うとともに、当該調査の調査対象部局等に対する照会を行った顛末について執筆した。(下)では、当該発意調査に対する批判を展開する。
3 梶井祥子は「基本方針」を確認しているのか
予定どおり続くことになったこのエントリー、続いての論点は、本件発意調査における「基本方針」の位置づけについての疑義である。
まず、困難女性支援法7条1項は、「厚生労働大臣は、困難な問題を抱える女性への支援のための施策に関する基本的な方針(以下「基本方針」という。)を定めなければならない」と規定する。また、基本方針においては、「市町村基本計画の指針となるべきものを定めるものとする」(同条2項)とされている。
これに対し、梶井祥子は本件発意調査の「調査の目的」において、「厚生労働省社会・援護局地域福祉課女性支援室によれば、国の基本方針として、民間団体を支援のプロフェッショナルと位置づけています」とを論じている。
しかしながら、困難女性支援法7条1項に基づいて定められた「基本方針」(「困難な問題を抱える女性への支援のための施策に関する基本的な方針」令和五年三月二十九日・厚生労働省告示第百十一号))において、「支援のプロフェッショナル」という言い回しは使われていない。これは、厚労省の女性支援室が「基本方針」の解釈として民間団体は「支援のプロフェッショナル」であるという見解を示しているということだろうか。それとも、梶井祥子のいう「国の基本方針」とは、困難女性支援法7条1項に基づいて定められる「基本方針」とは別ものなのだろうか。
また、梶井祥子は同じく「調査の目的」において、「困難女性支援法に示された基本方針を踏まえ、本市における困難な問題を抱える女性の支援の現状について調査を行ないます」と論じている。
しかしながら、基本方針は「困難女性支援法に示された」わけではなく、困難女性支援法7条1項に基づき定められ「厚生労働省告示」として公示されたものである。したがって、梶井祥子は「基本方針」の法的性格自体を理解していないことを推測させる。
このことは、「苦情等調査結果通知書」記載の【参照条文等】に困難女性支援法7条1項および2項が引用されていなことからもうかがえる。
ところで、すでに2で紹介したように、本件調査において梶井祥子は、「調査の趣旨」にも「市の回答」にも記述のない「支援調整課」について、突然、「オンブズマン判断」で論じ始めている。そこでは、「庁内横断的な連絡網として、支援調整課を活用している民間団体の例もあり、これはワンストップセンター機能のモデルになるものと考えます」と、梶井祥子は同課に一定の意義を認めている。
この点、「基本方針」において、「第2 困難な問題を抱える女性への支援のための施策の内容に関する事項」の「2 国、都道府県及び市町村の役割分担と連携」において、「市町村は、(中略)支援に必要な制度を所管する庁内関係部署はもとより、幅広い部署がそれぞれに主体性を発揮し、相互に連携の上、支援対象者が必要とする支援を包括的に提供する」ことが示されている。
梶井祥子も、「困難女性支援法に示された基本方針を踏まえ」て調査を行うというならば、札幌市が「幅広い部署が(中略)相互に連携の上、支援対象者が必要とする支援を包括的に提供する」ためのしくみを備えているか、備えているならばそれはどのような仕組みであるか、調査してしかるべきであったと思われる。
しかしながら、今回の発意調査の「調査事項」からは、札幌市における庁内連携の仕組みがすっぽりと抜け落ちている。当ブログ開設者が、梶井祥子は「基本方針」を確認していないのではないかと考える所以である。
しかも、梶井祥子は「困難な問題を抱える女性に対し、必要な支援を切れ目なく提供できる体制の構築のためには、包括的なハブとなる『ワンストップ・サービス』の機能が必要不可欠」という「問題意識」を享有している。
「困難女性支援法に示された基本方針を踏まえ」て調査を行うというからには、「基本方針」における「ワンストップ・サービス」の位置づけについて、その旨の記述があるか否かを含めて、予め確認してしかるべきだったと思われる。しかしながら、当然ながら、本件発意調査にはそのような作業を行った形跡はない。
以上の次第で、当ブログ開設者は、梶井祥子には本件発意調査を実施する以前に、調査をどのように設計するかの支援が必要だったと考えるのである。
4 「ワンストップ」を定義せよ
本件発意調査の致命的な欠点はほかにもある。それは、「調査の趣旨」の段階で、「ワンストップ・サービス」の定義がなされていなことである。
すなわち、梶井祥子は「困難な問題を抱える女性に対し、必要な支援を切れ目なく提供できる体制の構築のためには、包括的なハブとなる『ワンストップ・サービス』の機能が必要不可欠である」という問題意識を享有している。
しかしながら、ここでいう「包括的なハブ」とは、いったい何を意味しているのか。また、なぜ「ワンストップ・サービス」の機能が必要不可欠なのか、あるいは、「ワンストップ・サービス」の機能があれば「必要な支援を切れ目なく提供できる」理由についても説明がない(提供可能な支援に「切れ目」があれば、「ワンストップ・サービス」が提供されても支援の「切れ目」を埋めることはできないということである)。
この点、「ワンストップ」という概念については、「オンブズマン判断」において、「『相談窓口の一本化』や『様々な情報が一元的に集約している場所』といったワンストップ機能」という記述にその答え(の一部)が見出される。しかし、そこで論じられているのは「ワンストップ機能」についてであり、「問題意識」で示された「ワンストップ・サービス」についての説明ではない。
また、「調査の趣旨」で用いられていた「ワンストップ・サービス」の用語は「オンブズマン判断」においては消滅し、「オンブズマン判断」では、「ワンストップ機能」「ワンストップセンター」「ワンストップセンター機能」という用語が用いられている。しかしながら、それらの用語がどのような含意で区別されているのかは、必ずしも明確ではない。おそらく、「概念は文脈から読み取れ」、ということなのであろう。
そして、「ワンストップ機能」の延長線上で、「必要な関係各部署に連絡できるキーパーソンの配置」や「庁内横断的な連絡網」といった民間の支援団体からの要望は紹介されるものの、「ワンストップ・サービス」の必要不可欠性や、「ワンストップ・サービス」により必要な支援が切れ目なく提供できる理由についての説明は、なされないままなのである。
とはいえ、オンブズマン判断においてようやく、ワンストップセンターを設置することについて、「支援される側としての大きなメリットは、アクセスがスムーズにできるようになることです。どこへ相談してよいかわからないという対象者の最初の受け皿として、交通整理の役割が期待できる」と同時に、「支援する側である支援団体にとっても、一時保護所やシェルターの空室情報がすぐにわかるといったメリット」が指摘されている。しかし、これらは本来、「調査の趣旨」ではじめに論じておくべきことであろう。
なお、当ブログ開設者は、相談を受けて情報提供を行う窓口を設けたとしても、「解決」のためには次の窓口で相談する等のステップを踏む必要があるならば、相談・情報提供を行う窓口を「ワンストップ」と呼ぶのが適切か、という疑問をいだいている。
もっとも、このような理解はできるかもしれない。梶井祥子のように要領を得ない話を延々と垂れ流す人物に対しては、その要所をクリティカルに理解するためにも辛抱づよく話に耳を傾け、多様な可能性に思いを至らせることこそが、「ワンストップ」なのである、と。だとすると、梶井祥子の本件発意調査は、「ワンストップ」の重要性を世に示す実践と評価することができるかもしれない。
5 どのように調査を設計すべきであったのか
それでは、最後に調査をどのように設計すべきであったか、当ブログ開設者の見解を示してこのエントリーを締めくくりたい。
おそらく梶井祥子は本件発意調査において、総花式に多様な論点を指摘したかったのだと思われるが、むしろ論点を絞り込んだほうが有益な調査になったと思われる。また、論点を絞り込むならば、①困難女性へのワンストップ対応のために市がどのような取り組みをしているか 、あるいは、②官民連携の実効性を高めるために市はどのような取り組みをしているか、いずれかにすると、梶井祥子の問題意識をよりいっそう掘り下げることができたと思われる。
いずれにしても、オンブズマンの調査としては、「札幌市の取り組み」をその対象にするということである。
この点、梶井祥子は札幌市オンブズマンの役割を誤解しているのではないか、という印象を当ブログ開設者は抱いている。それは、梶井祥子が2025年度の活動状況報告書の巻頭言において、「2025 年4月1日に『札幌市誰もがつながり合う共生のまちづくり条例(つながるさっぽろ条例)』が施行されました。オンブズマン室の活動は、多様な人々のつながりを途切れさせないためにも重要な役割を果たしています」と書いているからである。
しかしながら、同条例に基づいて「多様な人々のつながりを途切れさせない」ための重要な役割を果たすべきは市であって、オンブズマンは市がそうした役割を適切に果たしているか、監視し、改善を図ることなのではないか。
また、「人々のつながりを途切れさせない」という割には、「オンブズマンの負担が荷重(ママ)になる」であるとか、「家庭裁判所で相手方と係争中である」のように、条例解釈として妥当性が疑わしい理由によって苦情調査を行わなかったのは梶井祥子である。オンブズマンの調査対象となりうる苦情の申立人と市のつながりを途切れさせたのは、他ならぬ梶井祥子といってよいだろう。
それにもかかわらず、「重要な役割を果たしている」という自己認識が導かれるのは、「今回の発意調査は、行政の施策と民間団体の実践をより有効に架橋する方法を模索する試みでもありました」(オンブズマン判断の「総括」)という、梶井祥子の「自負」に由来するのかもしれない。その一方で、「庁内連携」への興味関心が希薄なことを見逃すことはできない。
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