上記の期間(2024年10月)に処理が終了したのは7件で、このうち3件で調査結果が通知された。また、残る4件のうち3件は調査しない旨が通知され、1件は苦情申立てが取り下げられた。
今回、公開を受けた案件のうち、調査しない旨が通知されたのは3件であるが、そのうち2件は課題を残す内容であると当ブログ開設者は考えている。いずれも調査担当オンブズマンは田村智幸である。
まずは第2024-46号である。この案件は、聴覚過敏の申立人がいくつかの生活局面において音の大きさによる被害を受けているとして苦情が申し立てられた案件である。調査担当オンブズマンは申立人の苦情のうち、信号機の音については警察の管轄であり、公園のスピーカーから流れる放送についてはそのような放送をしている事実はなく、利用者の利用者のラジオの音声と思われるとして、「市の機関の業務に関する事項」に該当しないと判断した。
問題は、区役所窓口での呼出番号音声についてである。障害者差別解消法7条2項は行政機関等に「合理的配慮」を義務づけるとともに、札幌市においても同法10条の規定に基づき、「共生社会の実現に向けた札幌市職員の接遇要領」(pdf)を定め、同要領3条は「合理的配慮の不提供をしてはならない」旨を規定する。
このような前提にたてば、本件においては聴覚過敏の申立人に対し、どのような「合理的配慮」が可能であるか、オンブズマンは調査してしかるべきであったと思われる。この点、内閣府障害者施策担当による「障害者差別解消法【合理的配慮の提供等事例集】」においても、聴覚過敏の市民に対する行政対応の事例が紹介されている(54頁(ファイル59頁)・pdf)。当ブログ開設者は、札幌市においてもなんらかの「合理的配慮」が可能なのではないかと考えている。
しかしながら、残念なことに調査担当オンブズマン田村智幸は申立人への「合理的配慮」という発想を欠いたようだ。以下の理由により調査を実施しなかった。長くなるが引用する。
「本件は、申立人個人に対する市の仕事や業務に関わることでなく、■区役所の設備やサービスを問題としています。そして、それは■区役所の設備やサービスのみの問題にとどまらず、市全体の受付業務体制や施設構造に関わる問題です。
社会には、老若男女、病気や障がいなど様々な事情を抱えて暮らしている方がおり、一般的に、公共の施設やサービスでは、あらゆる人が必要な情報を得られるよう配慮されなければなりません。申立人が提案するように現在の音声案内をなくしてしまうと、一方で困る方もいます。こういった問題をどのように解決していくかは、共生社会を目指す市の施策をもって取り組まれるべきものであると考えます。
以上を総合すると、この点について、オンブズマンが個別具体的な利害として取り扱うことは適当でないと考えます。」
ところで、国民年金の被保険者資格は、原則として「日本国内に住所を有する」ことである(国民年金法7条1号)。しかし、「日本国内に住所を有しない」場合も「任意加入」が認められているほか(同法5条1項3号)、海外からも年金が請求できるとされている(日本年金機構のサイト)。したがって、申立人が主張するように「海外へ移住するなら(国民年金の)保険料を払う意義がない」ことにはならないと思われる。
また、申立人は「市に年金の受給資格を譲渡する代わりに、市が掛金分の支給をしてくれてもいい」と主張する。しかしながら、年金受給権は譲渡が禁止されている(国民年金法24条)。そのため、たとえ申立人が望んでも、市に年金受給資格を譲渡することは法的に許容されないであろう。
オンブズマンが調査を実施していれば、あるいはオンブズマン自身が制度を熟知していれば、申立人は上記のような説明を受けることができたと思われるのだが、残念ながら申立人が説明を受けることはなかった。
なお、調査担当オンブズマンの田村智幸が調査を実施しなかった理由は、(年金保険料の)「返戻の可否そのものについては制度上の問題であり、オンブズマンの所轄事項として条例に規定する「市の機関の業務の執行に関する事項及び当該業務に関する職員の行為」には当たらないと考えられ」(る)、というものである。
しかしながら、上記の理由は、「制度上の問題」であれば、なぜ「市の機関の業務の執行に関する事項及び当該業務に関する職員の行為」に当たらないのかという説明になっていないと思われる。
すなわち、国民年金法は、国民年金事業は政府が管掌することを規定するものの(国民年金法3条1項)、たとえば、被保険者は資格の喪失について市町村長に届け出るとされているように(国民年金法12条1項)、手続きに関しては市町村が処理するとされている事務がある(前記・国民年金法12条1項に定める事務は「法定受託事務」とされている・国民年金法6条)。
したがって、国民年金を任意に脱退したいと考えた被保険者が納付ずみの保険料の返還を求めて市町村長に資格喪失を届出しようとした場合、受付の担当者は任意脱退は認められないとして、届出を受理できない理由を説明することになるであろう。
このような事実を前提として札幌市オンブズマンに苦情が申し立てられた場合はどうなるか。当該苦情は届出が受理されないという「制度上の問題」ではあるものの、「届出の受理」という「市の機関の業務の執行に関する事項」についての苦情として、オンブズマン調査の対象となるのではないか。
そうすると本件では、本件苦情が「制度上の問題」であることは「市の機関の業務の執行に当たらない」という調査を実施しない理由になるものではなく、むしろ調査を実施しない理由としては、申立人は年金事務所に問い合わせるのみで市(区)の保険年金課等に問い合わせた事実はない以上、「申立ての原因となった事実についての利害を有しない」(札幌市オンブズマン条例16条1項1号)とするべきであったと思われる。
また、このような理由づけの方が、苦情申し立てに「具体的利害」を求める近時の札幌市オンブズマンの制度運用とも整合的であろう(ただし、当ブログ開設者は苦情申立の「利害」を限定的に解する運用に批判的である)。
以上の次第で、今回「調査しない旨」が通知された案件のうち、田村智幸担当の上記2件は、いずれも調査担当オンブズマンが前提となる制度に関する知識が貧弱であった結果、申立人にとっての権利や利益が実現されるチャンスが失われたと当ブログ開設者は考えている。
ただし、田村智幸オンブズマンに過大な期待は禁物である(このエントリーも参照)。田村智幸オンブズマンの調査への取り組みが「平常営業」であることは、札幌市オンブズマンの制度としての安定ぶりを示しているかもしれない。
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①第2024-40号
グループホームに入居していた申立人が転居に際しグループホームから支給された立退料を収入認定する際の取り扱いや転居費用の支給等について苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:神谷奈保子)
②第2024-42号
生活保護の受給開始時に面談した職員の対応及び面談を実施した場所の設定等が不適切であるとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:田村智幸)
③第2024-46号
聴覚過敏の申立人が信号機の音、公園のスピーカー、区役所の窓口の音声による番号案内等の音等が非常にうるさいとしてオンブズマンによる調査を求めて苦情が申し立てられたケース。信号機音及び公園のスピーカーは「市の機関の業務の執行」に該当せず、区役所窓口の音声案内には「個別具体的利害がない」として調査しない旨が通知されった。(担当オンブズマン:田村智幸)
④第2024-47号
海外へ移住するなら国民年金の保険料を納付する意味がないとして、たとえば市に年金の受給資格を譲渡する代わりに、市が納付ずみの保険料相当額を支払う当の対応を求めて苦情が申し立てられたケース。「市の機関の業務の執行」に該当しないとして調査しない旨が通知された。(担当オンブズマン:田村智幸)
⑤第2024-49号
生活保護受給者が担当ケースワーカーが配慮に欠ける対応をするとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:梶井祥子)
⑥第2024-53号
第2024-38号の申立人が当該調査における「市の回答」には事実と異なる記述があるとして再調査を求めて苦情が申し立てられたケース。再調査の申立ては「オンブズマンの行為に関する事項」に該当するとして調査しない旨が通知された。(担当オンブズマン:梶井祥子)
⑦第2024-55号
公園でゲートボールをする利用者たちがわがもの顔な態度で公園を専有しているとして苦情が申し立てられたケース。オンブズマンが担当課に申立人が連絡を希望している旨を伝えることでオンブズマンによる調査を行わないことになった模様。なお、申立人が明示的に「苦情申立てを取り下げた」かは公開された文書からは不明。(担当オンブズマン:神谷奈保子)