上記の期間(2025年4月)に処理が完了したのは11件で、このうち6件で調査結果が通知された。また、2件については苦情について調査しない旨が通知され、3件については苦情申立てが取り下げられた(このうち1件については調査実施が通知された後に申立てが取り下げられたことから、調査対象部局に調査中止が通知されている)。
今回、公開を受けた案件のうちもっとも興味深い案件は、遺産を相続した生活保護受給者が医療費および就職支度金の取扱いについて適切な説明を受けていないとして苦情を申し立てた案件である(第2024-85号)。この案件は、市の回答には制度の説明として明確でないところがあり、オンブズマンもその点についてとくに指摘しておらず、極めて問題の多い調査であると当ブログ開設者は考えている。
まず、確認するべきは、資産を保有することに至った被保護世帯に対しては、保護が廃止されたり、廃止に至らないケースでは保護が停止されることである。そして、被保護世帯については、原則として国民健康保険の適用が除外されるが(国民健康保険法6条9号)、保護が停止されている世帯に属するものはこの限りでない(同号)。そのため、世帯主は国民健康保険に加入する義務を負う。
また、保護が停止された場合には、保護費が支給されている期間であれば「就職支度金」が支給されるような場合であっても、当然ながら当該金銭は支給されないことになる(さらに、保護停止期間中に医療機関を受診して費用負担が生じた場合には、その分の資産が取り崩されたことになり、場合によっては保護停止期間の短縮が検討されることになるだろう)。
しかしながら、本件においては「保護停止」がなされたわけでない。「最低生活費」を超過する資産を翌月以降に「収入認定」する扱いとし、保護を継続する扱いとされている。そして、収入認定の対象となる資産が尽きた時点で、再び保護費の支給を再開する予定であったようだ。このような扱いとしたのは、受給者が医療機関を受診しているため、医療扶助を継続する必要性が考慮されたためと思われる。
ところが、予期せぬ事態だったのは、本件苦情申立人が就労を開始したことである。その結果、市は「収入増により保護廃止となる可能性があること」、「その場合には、(中略)稼働開始までに受診した医療費については10割の返還が必要となる(社保対象後は3割返還)こと」を説明したということである。
この点、市の説明によると、「稼働などにより継続して収入を得ることとなった場合には、遺産残金等に稼働収入が加わった収入充当額により、今後6か月を超えて実支給がなくなる可能性があ」る、「6か月超えて実支給がなくなると、保護廃止が想定される」ということである。
また、保護廃止時点以後に医療扶助を支給するいわれがないのは当然のこととして、市の説明によると、実支給額がなくなった「月以降に申立人が支払うべき医療費を担当部が支払ってきたという取り扱いになる」ということである。
さて、以上の市の説明は、果たして適切であろうか。この点、当ブログ開設者は、本件の申立人の保護の要否の疑義は「就労を開始して以後」生じたものである以上、それ以前に実施した保護費について申立人が返還するいわれはないと考えている。
にもかかわらず市が返還を要するというならば、市は「資力があるにもかかわらず、保護を受けた」という生活保護法63条に基づく返還であること、および当該返還を行ったうえでなお以後6か月を超えて保護を要しない状態である、ということを明示する必要があると思われる。
結局、本件においては、市が「よかれ」と思って保護を継続したのが裏目に出た、ということなのであろう。市は、保護廃止となり保護費の返還を求める必要が生じた場合、稼働開始までに受診した医療費部分の(返還額の)減額を検討したうえで返還額を決定する方針というのであるが、制度の「原理原則」について明確にすることなく、「このように判断した」という結論だけが示されている。
以上のことから、本件の調査担当オンブズマン梶井祥子が、①本件において市が「保護停止」の扱いとしなかった理由、②稼働開始前の医療扶助について返還を求める根拠について、市に説明を求めていたならより有意義な調査となったと思われる。しかし、残念ながらそのような問題意識を欠いたようで、当ブログ開設者の釈然としない思いは解消されないままである。
【以下の内容を追記しました。2025.7.29】
以上の記述は、本件調査(第2024-85号)の「市の回答」に疑義があるという指摘である。そのことに力を注ぐ結果、担当オンブズマンの梶井祥子が今回の市が行った取扱いを理解していないという重大な事実を見落としていた(が、同案件が2024年度の「活動状況報告書」に掲載されたことで、当ブログ開設者が気づいた次第)。
すなわち、前述のように今回の苦情申立人に対し、市は残余財産を継続的に収入認定する取扱いとした結果、保護が支給されない期間が発生したわけである。ところが、梶井祥子はオンブズマン判断において、「(担当部は)2025年3月までは保護を停止するものの、当該世帯を保護継続の扱いとすることを決定」したと明言しているのである。
生活保護制度法26条は「保護の停止」を規定するが、同条が規定する「保護の停止」がなされていない(であるからこそ、市は「保護を継続」という説明を行っている)にもかかわらず、梶井祥子は保護費の金銭的支給がないことをもって、「保護の停止」と誤認したのであろう。オンブズマン判断としては、取り返しのつかない致命的なミスだと思われる。
【以下の内容を追記しました。2025.7.24】
次に、もう1点指摘しておくべきことは、札幌市立大学の図書館職員の対応について申し立てられた苦情について、「市の機関の業務の執行及び当該業務に関する職員の行為」に該当しないとして調査しない旨を通知した判断の妥当性である(第2025-7号)。
すなわち、札幌市立大学は地方独立行政法人法が適用される独立行政法人であるが、同法28条1項は、地方独立行政法人が事業年度及び中期目標の期間ごとに業務の実績について設立団体の長の評価を受けなければならないことを規定するとともに、同条6項は、設立団体の長が地方独立行政法人に対し、業務運営の改善等を命ずる権限を規定する(なお、中期目標に関しては、同法78条の2も参照)。
これに対し、この案件を担当したオンブズマンは、「図書館の運営の主体は大学側にあることから市の業務と捉えることはできない」と判断した。しかしながら、大学の業務運営を監督する権限が設立団体の長に認められている以上、この権限行使の適否については「市の機関の業務の執行及び当該業務に関する職員の行為」として、オンブズマン調査の対象になると思われる。要するに、「図書館の運営」も「業務運営」に該当するならば、設立団体の長による監督権限行使の対象となりうるのである。
したがって、オンブズマンとしては、札幌市立大学の図書館の運営が設立団体の長である札幌市長の監督権限に服するか否かを明らかにしない限り、「市の機関の業務の執行」に該当しないと判断することはできないと当ブログ開設者は考えるのであるが、どうやらこの案件を担当したオンブズマンの識見は貧弱で、そこまでは考えが至らなかったようである(ただし、「大学の自治」の観点からは、本件に対しど素人のオンブズマン神谷奈保子が口を挟まなかったのはもっけの幸いかもしれない)。
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①第2024-85号
生活保護受給者が遺産を受領したことでそれまでの保護費を返還し、当面、保護を停止されたところ、保護停止の間に受診した医療費の返還を求められるとともに、就職の際に負担した費用の控除についての説明もなかったとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:梶井祥子)
②第2024-88号
道路を走行中に車がアスファルトの穴に落ちてタイヤがバーストしたことから、道路管理上の責任がある市に補償を求めて苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:樋川恒一)
③第2024-90号
生活保護受給者が保護費の支給方法が口座振り込みから窓口支給に変更されたのは、変更決定も弁明機会の付与もない違法な処分であるとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:樋川恒一)
④第2024-94号
公園周りの除雪にともない雪が公園内に「吹き入れ」て公園入口がふさがれたり、遊歩道が狭くなっているとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:神谷奈保子)
⑤第2024-95号
区役所で申立人の子どもの印鑑登録をしようとしたところ、当初対応した職員は「顔写真付き身分証明書がないからできない」という説明を受けたが、対応する職員が変わったところ印鑑登録を行うことができたとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:樋川恒一)
⑥第2024-97号
公文書一部公開決定において非公開情報とされた情報を誤って公開したにもかかわらず、担当部署が当該非公開情報が含まれるCD-Rの回収を懈怠しているのは回収の必要性が著しく低いからだとして、担当部署によるCD-Rの差し替えの求めを撤回することを求めて苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:梶井祥子)
⑦第2025-2号
申立人の子どもが今年度から通う中学校では、児童生徒が教科書を学校に置いて帰るいわゆる「置き勉」が認められていないと聞いたとして、市内の学校における取り扱いを統一するよう求めて苦情が申し立てられたケース。現時点では具体的不利益が生じていない状況であるとして、調査しない旨が通知された。(担当オンブズマン:神谷奈保子)
⑧第2025-3号
トイレ等の下水道の流れが悪くなり自費で清掃作業をしたが改善されなかったところ、その後、市の下水道管の破損が原因だったことが判明したとして、自費で負担した費用の補償を求めて苦情が申し立てられたケース。調査対象部局に調査実施通知書が送付された後、申立人から苦情申し立てが取り下げられ、調査中止が通知された。(担当オンブズマン:樋川恒一)
⑨第2025-7号
札幌市立大学図書館で自己作成資料を閲覧中に注意され、その後、蔵書を閲覧中に司書から強制的に退館させられたとして苦情が申し立てられたケース。図書館運営は地方独立行政法人たる大学側にあることから「市の業務」と捉えることができないとして調査しない旨が通知された。(担当オンブズマン:神谷奈保子)
⑩第2025-8号
建設局雪対策室から指定されたアドレスにメールを送信したにもかかわらず約4か月たっても何の連絡も来ないとして苦情が申し立てられたケース。その後、申立人の承諾を得て苦情申し立てを取り下げる扱いとされた。(担当オンブズマン:梶井祥子)
⑪第2025-9号
高校の職員が申立人の許可なく申立人が情報公開請求をしている旨の情報を漏洩したとして苦情が申し立てられたケース。市の回答を待って改めて苦情申し立てをするとして、いったん申立てが取り下げられた。(担当オンブズマン:神谷奈保子)