上記の期間(2025年6月)に処理を完了したのは10件で、このうち6件で調査結果が通知された。また、残る4件のうち、1件については苦情について調査しない旨が通知され、3件については苦情申立てが取り下げられた(なお、そのうちの1件は、調査実施通知後の取り下げのため「調査中止」が対象部局あてに通知されている)。
今回もまた、公開を受けた案件のうち当ブログ開設者が興味を覚えたいくつかについて、簡単に紹介したい。
まず、第2025₋15号である。この案件は、生活保護制度が通達に基づいて運用されていることについて、調査担当の樋川恒一オンブズマンがかなり慎重に言及している点が興味深い。
この案件は、不動産を賃貸する申立人が、賃借人が入院するとともに生活保護を受給することになったものの、入院したために住宅扶助費が支給されないということを前提として(さらに、賃借人が明け渡しする見込みもない)、賃借人の家財道具の処分についての担当課の説明や市の成年後見の申立ての手続きについて、苦情が申し立てられた事案である。
樋川オンブズマンは、「生活保護法に基づく生活保護の実施に係る事務は、地方自治法第2条第9項第1号に規定する第1号法定受託事務です。実施機関である市の当該事務は、法及びこれに基づく政省令のほか、法定受託事務の処理基準として国から示されている諸通知に基づいて行われ」るとして、「上記局長通知に基づき、住宅費の認定をしなかった市の対応には問題はない」と判断した。このように、市の生活保護行政が通達に基づくことの法令上の根拠について、言及したわけである。
これに対し、第2025₋5号は、生活保護受給者が通院移送費の支給がされないこと等について、苦情が申し立てられた案件である。調査を担当したオンブズマン梶井祥子は、通院移送費の遡及支給が可能な期間について、「この点については、オンブズマンも法令の規定を確認しました」と明言している。
しかし、肝心の法令の規定は当該苦情等調査結果通知書には引用されていない。そのため、当ブログ開設者は、担当オンブズマンの梶井祥子は、市の回答に記載された「通達」を「法令」と呼称したのではないか、と考えている。つまり、調査担当の梶井祥子は、何が「法令」であるかという認識を欠いているのではないか、ということである(法令と通達の関係については、前述の樋川恒一オンブズマンの判断を参照されたい)。
この点、担当オンブズマンの梶井祥子は、別件において、「保護の停止」が何を意味するか理解していないことが露見したのは記憶に新しい(第2024-85号。くわしくはこのエントリーで)。「用語」の使い方に厳密さを欠くことは、調査対象となった前提事実や制度について、適切な理解を欠いていることを推測させる。
ところで、本件で問題となった通院移送費の遡及支給の範囲について法令上の根拠を示すとすれば、生活保護法61条が、被保護者が生計の状況に変動があったときは「すみやか」に届け出ることを義務づけていることが指摘できるであろう。そして、通達において、遡及支給するのは3か月という事務処理の基準を示すことによって、「すみやか」な届け出として取り扱う範囲が示されているわけである。
また、生活保護が「その困窮の程度に応じ、必要な保護」を行う制度であり(生活保護法1条)、現実に生じている貧困状態の救済が目的であることからすると、(申請から支給開始までタイムラグがある)保護開始時などを別にすれば、過去に遡及して保護を支給する必要性は認められないのが制度の建前であると思われる。
このほか、興味深いのが第2025₋11号である。この案件では、申立人が公文書公開請求を行っていることについて、高校の教職員が申立人の同居の親族に伝えたことが情報の漏洩であるとして苦情が申し立てられた案件である。
当ブログ開設者は、申立人がPTA加入に否定的見解を示していることと、申立人がPTA加入に関連する公文書公開請求を行っていることには論理必然的関係はなく、申立人が公文書公開請求を行っていることについて、高校の教職員が申立人の同居の親族に伝えたことは、個人情報の保護に関する法律69条1項に反する「利用目的以外の目的」のための保有個人情報の提供であると考えている(なお、ここで想定している「個人情報」は、申立人が公文書公開請求を行っている、という事実そのものである)。
この点、市は、「既にその情報を知っている人に対して、当該保有個人情報を伝えることは保有個人情報の漏えいには該当しない」と説明するが、問われるべきは、個人情報の提供が「法令に基づく」か、あるいは「利用目的」のための提供であるかである。したがって、提供先がその情報を知っているか否かは結果論に過ぎず、たとえ提供先が予め知っている情報であっても、利用目的以外の目的での提供が許されないことは明らかであろう。
また、本件における公文書公開請求の対象は、当該学校におけるPTA加入状況等についての公文書である。そして、申立人は学校に対しPTA脱退の意思を表明する一方で、申立人の同居の親族はPTA加入の意思を表明しているわけである。こうした場合、学校は申立人と同居の親族の間の「PTA加入意思」の齟齬を解消すれば足りるのであって、申立人が「公文書公開請求」を行っていることを同居の親族に明らかにする必要はない。
さらに、本件苦情において問題となっている申立人の「個人情報」は、申立人が公文書公開請求を行っているという事実である。この場合の「個人情報」は、担当部局が公文書公開請求に対応するために利用されるものであり、利用目的もその点に限られる。したがって、申立人世帯のPTA加入意思を確認するためであったとしても、申立人の同居の親族に当該個人情報を「提供」することは、その利用目的を逸脱すると当ブログ開設者は考えている。
ところが、この案件の担当オンブズマン神谷奈保子は、こうした問題意識を欠いたようである。その判断は、市の回答を「鵜呑み」にするだけであった。当ブログ開設者としては、オンブズマンが札幌市の情報公開の制度に精通すべく、公文書公開請求を実践することを推奨したい。また、そうした請求をしたとしても、その事実は「個人情報」として保護されるはずである。
「簡単に紹介」するはずが、すでにだいぶ長くなった。最後に、他の案件における「興味深い」論点のみ紹介する。いずれも生活保護の関する事案であるが、第2025-4号は、遺産を相続した場合の医療扶助受給額の返還、第2025-14号は、医療扶助の受給とマイナンバーカードの取り扱いという興味深い論点を取り扱った案件である。
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①第2025-4号
生活保護を受給する申立人が遺産を相続することにともない、医療扶助の自己負担額の取り扱いを担当ケースワーカーなどに相談したにもかかわらず、適切な対応がなされなかったとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:神谷奈保子)
②第2025-5号
生活保護の受給者が、転居費用の支給を申請させてもらえなかったことや、支給を申請した通院移送費が不支給になったことなど、生活保護担当課職員の一連の対応が不適切であるとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:梶井祥子)
③第2025-11号
申立人は(おそらく申立人の子が通う)高校のPTAの加入状況等の公文書公開請求を行ったことについて、高校が申立人の許可なく申立人の同一世帯構成員に伝えたことが札幌市情報公開条例に反しているとして、苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:神谷奈保子)
④第2025-14号
医療扶助を受給する生活保護受給者が、返還すべき医療費の支払方法が「保護変更決定通知書」に記載されていなかったことおよび医療扶助の受給者も医療機関でマイナンバーカードを提示する取扱いを説明するビラの記載内容について問い合わせた際の担当職員の対応について苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:梶井祥子)
⑤第2025-15号
不動産賃貸業を営む申立人が、賃貸住宅の居住者が入院後生活保護の受給を開始したところ、家賃相当額が保護費として支払われない一方で家財は居室に残されたままであるために保護課の対応を求めるとともに、市長による当該居住者の成年後見の申立ても手続きが進んでいないとして、苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:樋川恒一)
⑥第2025-17号
確定申告後に更正の請求を行った申立人が納税額の確定後に納付したところ、延滞金を請求されたとして延滞金の免除を求めて苦情が申し立てられたケース。申立人の苦情申し立ての取り下げにより、調査が中止された、(担当オンブズマン:梶井祥子)
⑦第2025-18号
市内の特定の地域の町内会をベースとする団体で不正経理が行われているとして、オンブズマンによる調査を求めて苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:神谷奈保子)
⑧第2025-21号
市の医療費助成の申請に必要な病院の証明書発行費用が他の病院に比べて高額であるとして苦情が申し立てられたケース。オンブズマン調査の対象を説明したところ、苦情申し立てが取り下げられた。(担当オンブズマン:梶井祥子)
⑨第2025-23号
生活保護の受給開始手続きに付き添いで来庁した際、補任が印鑑を陣しなかったことに関する職員の対応が硬直的であるとして苦情が申し立てられたケース。今後の改善の参考にしてほしいとして、苦情申し立てが取り下げられた。(担当オンブズマン:梶井祥子)
⑩第2025-24号
生活保護を受給する申立人が、担当ケースワーカーの収入認定の説明をはじめとする一連の対応に不満を抱き苦情が申し立てられたケース。すでに同趣旨の苦情が申し立てられ現在調査中であるとして、調査しない旨が通知された。(担当オンブズマン:梶井祥子)
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