2024年4月1日、同年3月に札幌市オンブズマンによる調査が終了した案件の調査結果等について公文書公開請求を行ったところ、決定期間延長のうえ、同年5月15日付で一部公開決定がなされた。
上記の期間(2024年3月)に調査を終了したのは8件で、このうち6件で調査結果が通知された。また、残る2件中1件では調査しない旨が通知され、1件では苦情申立てが取り下げられた。
さて、今回公開された調査結果通知書のうち2件のオンブズマン判断で、興味深い見解が提示されている。すなわち、第一の案件である第2023-59号のオンブズマン判断では、「本件苦情申立てによって、市民の苦情に対し市がその考え方を示すことができたことは、オンブズマン制度の意義である「オンブズマンによる調査を通じてお互いの考え方などを知り、当事者間の理解が深まること」に繋がったといえるのではないでしょうか」という言及がある(苦情等調査結果通知書5頁、調査担当オンブズマンは神谷奈保子)。
また、第二の案件である第2023-63号のオンブズマン判断では、「本件苦情申立てによって、市がその考え方を示すことができたことはオンブズマン制度の意義でもあります。申立人におかれましては、オンブズマンによる調査を通じてお互いの考え方を知り、当事者間の理解をさらに深めて頂ければ」という言及がある(苦情等調査結果通知書12頁、調査担当オンブズマンは梶井祥子)。
いずれの事案でも、調査担当のオンブズマンは、苦情に対し市が見解を示すことや、当事者間の理解が深まることが札幌市オンブズマン制度の意義である、と考えているようである。当ブログ開設者は、札幌市オンブズマンが調査の「オンブズマン判断」において制度の意義について言及した例を寡聞にして知らないが、オンブズマン自らがこうした見解を積極的に披歴したことは評価に値すると考えている。
もっとも、このような見解が札幌市オンブズマン制度の理解として適切であるかについては、なお議論の余地があると思われる。そこでここでは、札幌市オンブズマン条例が規定する「目的」について確認しておきたい。
この点、札幌市オンブズマン条例1条は、①市民の権利利益の擁護、②市政の監視及び③市政の改善を図るという直接的な目的と、それらを通じて、❶開かれた市政の推進、❷市民の市政に対する理解と信頼の確保及び❸市民の意向が的確に反映された市政運営に資する、という究極的な目的を規定する。
このうち、前段の直接的な目的として①市民の権利利益の擁護と規定することの意義は、同条例が(苦情の申立人が)「申立ての原因となった事実についての利害を有しないとき」(札幌市オンブズマン条例16条1項1号)を調査の対象外と規定しているように、苦情申立てに基づくオンブズマン調査の対象事項を画定する機能があると考えている(なお、当ブログ開設者は、実体的な取り扱いとは別に、「適切な説明を受けること」自体にも独自の「市民の権利利益」があると考えている)。
次に、オンブズマンが調査を実施することが②市政の監視であり、オンブズマンが必要に応じて市に何らかの対応を要請することで、③市政の改善が図られることになる。つまり、札幌市オンブズマンの制度は、苦情の申立て→オンブズマン調査→市政の改善、というサイクルを想定しているわけである(なお、札幌市オンブズマンは苦情申立てによらずに、「自己の発意」に基づいて調査を実施する権限も認められている。札幌市オンブズマン条例4条2号)。
また、こうしたサイクルを前提とするならば、市民が苦情を申し立てるチャンネルとしてのオンブズマン制度は、❶市民に開かれた市政を実現するためのルートの一つであることを意味している。そして、オンブズマンによる調査結果が申立人に示されるとともに、苦情申立てを契機としてオンブズマンからの要請に市が適切に対応するならば、❷市民の市政に対する理解と信頼の確保につながることも期待できる(かもしれない)。
このように、苦情申立て→オンブズマン調査→市政の改善というサイクルは、❸市民の意向が的確に反映された市政の実現という、住民自治の実質化を図ることを意味している。当ブログ開設者は、この住民自治の実質化こそが札幌市オンブズマン制度の究極的な目的であると考えている。
この点、札幌市自治基本条例20条2項は「オンブズマンの設置」を規定する。同条例は「市民自治によるまちづくりを実現すること」をその目的として規定している(同条例1条)ことからすると、札幌市オンブズマンが住民自治の実質化を図るための制度の一つであることを裏付けていると思われる。
以上のような制度理解を前提とすると、札幌市オンブズマン制度の意義は「苦情に対し市が見解を示すこと」や、「当事者間の理解が深まること」にとどまらないであろう。調査のプロセスで市が見解を示すだけでなく、その適否について判断することがオンブズマン調査には期待されている。
したがって、調査を担当するオンブズマンは、「市民の意向が的確に反映された市政の実現」に資するべく、申立人の苦情や前提となる制度を的確に理解したうえで、市に対し適切な要請・要望を行うことが求められるのである(*)。
(*)行政作用には、法律(条例)に基づく行政の原理や、法の下の平等といった原理原則が適用になる。個別事案の処理においても、こうした原理原則を考慮する必要がある。調査を担当するオンブズマンは、「その取扱いはどのような根拠に基づくか」ということや、「その取扱いは他の事案と比較して適切といえるか」、といった点についても、常に問題意識を持つ必要がある。
(追記︰苦情について調査しない旨が通知された第2023-85号について、その理由の適否をこのエントリーで検討した。)
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①第2023-54号
生活保護受給者が自己の居住する住宅は通常の家賃に加えて「事務手数料」がかかるとして転居希望を伝えたことに端を発する担当ケースワーカーの一蓮の対応について苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:神谷奈保子)
②第2023-55号
建設局総務部用地取得課から理不尽な対応を受けている件で「市長宛のメール」でそのことを訴えたにもかかわらず、市民の声を聞く課は対応を用地取得課に丸投げし改善へ向けた具体的対応をしないとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:田村智幸)
③第2023-56号
生活保護受給者が住宅扶助を月額の定額ではなく暦日数に基づく金額を支給されたとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:神谷奈保子)
④第2023-59号
証明書発行のため区役所を訪れた際、提示した身分証明書以外の証明書の提示を求められたことから車に運転免許証を取りに行くことにしたところ、対応した職員から再度番号札を取るように言われたことに(※再度順番待ちが必要となるため)納得がいかないとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:神谷奈保子)
⑤第2023-60号
生活保護受給者が、引っ越しの要望をしても適切な対応がなされないほか、本人の体調にかかわりなく強引に家庭訪問しようとするとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:田村智幸)
⑥第2023-63号
生活保護受給者が医療扶助の「治療具材の給付」として眼鏡レンズを交換したものの、眼科医が発行した眼鏡レンズの処方箋に不備があり、そのため実生活に支障が生じているが、担当のケースワーカーにそのことを訴えても適切な対応がなされないとして苦情が申し立てられたケース。(担当オンブズマン:梶井祥子)
⑦第2023-68号
申立人の(おそらく)子が学校で加害行為を受けたり、不登校になっていることについて市教育委員会が十分な対応をしてくれないとして苦情が申し立てられたケース。苦情の内容(A)は申立ての原因となった事実からすでに1年を経過しており、別の内容(B)は同趣旨の苦情についてすでに調査しない旨の通知ずみであるとして、調査しない旨が通知された。(担当オンブズマン:梶井祥子)
⑧第2023-71号
認可外保育所通園中の第一子について「施設等利用給付認定新2号認定」の認定書類を提出した際、当初、第二子の育児休業中であるため対象外であると誤った説明を受けたとして苦情が申し立てられたケース。区から謝罪と改善策を検討する旨の説明を受けたとして申立てが取り下げられた。(担当オンブズマン:田村智幸)